家族だからこそ、境界線がいる——『こじらせない家族』をムスメと読んで考えたこと
家族のすれ違いは、愛情不足ではなく境界線の曖昧さから生まれることもあります。親子でバウンダリーを学び直しました。
秋山ゆかり
2026.06.15
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Amazon.co.jpより
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「子どもが不安定なとき、親はどこまでつきあうべきなのだろう」
先週Podcastで話したあとも、私はあらためて考え込んでいました。
親として、子どもが不安そうにしていれば、助けたい。
そばにいたい。
話を聞きたい。
できることなら、苦しさを少しでも軽くしてあげたい。
でも一方で、どこまでも巻き込まれてしまうと、親も子も苦しくなります。
心配だから聞く。
助けたいから先回りする。
失敗してほしくないから口を出す。
その気持ちは、本物です。
でも、本物の愛情であっても、相手の領域に入りすぎることがあります。
これは、愛情の量の問題ではなく、「境界線」の問題なのかもしれない。
そう思って手に取ったのが、渡辺裕子さんの『こじらせない家族』でした。
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続きは、3492文字あります。
- 家族なのに、なぜこんなに伝わらないのか
- バウンダリーは、冷たさではない
- 4つのタイプを、ムスメと読んだ
- 境界線が機能しないと、家族はこじれる
- 学校で起きる問題も、境界線から考えられる
- 家族だからこそ、線を言葉にする
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