感情は効率化できない—働く私たちに贈る『涙の箱』

悲しむことにすら時間を割けない日々。でも、本当に必要なのは「泣ける場所」だったのかもしれません。
秋山ゆかり 2025.11.10
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私たちは、悲しむ時間すら効率化しようとしていないか?

「泣いてる暇なんてない」——そんな言葉を、私も何度となく呟いてきました。

子育てに、仕事に、プロジェクトに追われる日々のなかで、悲しみを「後回し」にする癖がついてしまう。メールの返信、明日の資料作成、ムスメのお弁当の準備。朝起きた瞬間から、頭の中はToDoリストでいっぱいです。

戦略コンサルタントとして、私は常に「効率化」を追い求めてきました。5分で終わることを10分かけるのは許されない。無駄を省き、最適化すること。それが仕事であり、誇りでもありました。

でも、いつの間にか、その「効率化の思考」が、私生活にまで侵食していたのです。

夕食は5分で作れるレシピを検索し、ムスメとの会話も「今日どうだった?」「楽しかった?」と効率的に情報収集。移動時間は必ずポッドキャストを倍速で聞き、お風呂の時間も明日のプレゼンのシミュレーション。感情に浸っている時間なんて、どこにもないように思えたのです。

だけど、感情は後回しにしても消えてくれません。

心の奥に沈殿して、いつか思わぬかたちで表面化してしまう。ある日突然、些細なことで涙が止まらなくなったり、理由もわからないイライラに襲われたり。私たちは無意識のうちに、感情を「効率化」しようとして、かえって自分自身を追い詰めているのかもしれません。

私自身は、いろいろなことを経て、だいぶゆっくりと時間をとる「意識」を持つようになってきてはいたのですが……。

そんな時、出会ったのがハン・ガンの『涙の箱』でした。

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続きは、4497文字あります。
  • 「涙はすべて透明だけど、結晶にすると、それぞれ違う色をしている」
  • 私が涙を結晶化できた瞬間:子どものPTSDと、心理学への道
  • 悲しみをジャグリングの一部にする——ビジネスと子育てを両立する人こそ
  • 忙しいあなたにこそ、この静謐な時間を贈りたい

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