自由になれば、人は幸せになれるのか──シチリア文学『生きていたパスカル』を読んで

知らない作品に手を伸ばしたら、思いがけず自分自身への問いが返ってきました。シチリア文学との最初の出会いを綴ります。
秋山ゆかり 2026.07.06
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先週から、東京外国語大学の公開講座で、シチリア文学を読み始めました。

最初に読んだのは、ルイジ・ピランデッロの『生きていたパスカル』です。

読み終えて、そして授業を受けて、私の中に残ったのは「自由になれば、人は幸せになれるのか」という、ずっしりと重い問いでした。

読んでいなかった「空白」

私は世界文学を読むのが好きです。高校の「世界文学」の授業がきっかけで、ギリシャ文学、アメリカ文学、イギリス文学、フランス文学、ドイツ文学、ロシア文学をかじり、その後は、体系的に学んできたわけではありませんが、気になる作品を少しずつ読みながら、自分なりの世界文学の地図を広げてきました。

ところが、ある日ふと気づいたのです。

シチリア文学を、ほとんど読んだことがない。

イタリア文学なら多少は読んできましたし、以前イタリアに住んでいたこともあります。家族観や宗教観、街の空気にはある程度親しみがある。

それでも、シチリア文学となると話は別でした。名前は知っている。でも、文学として触れたことはほとんどなかったのです。

シチリアはイタリアの一部でありながら、長い歴史の中でさまざまな民族や文化が交わってきた土地です。それなのに、私の読書地図には、シチリアだけがまだ白地のままでした。

そんなとき、東京外国語大学でシチリア文学の公開講座が開かれることを知りました。全3回で、3人の作家の作品を1冊ずつ取り上げるという構成です。

「知らない世界だからこそ、一度のぞいてみよう。」

それくらいの軽い気持ちで申し込みました。仕事に直結するわけでも、何か成果を求めていたわけでもありません。ただ、読んだことのない文学に出会ってみたかったのです。

せっかくなので、この3回の講座を通じて考えたことを、3週にわたってこのTheLetterに書いていこうと思います。今日はその1回目です。

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続きは、2480文字あります。
  • 死んだはずの人物が語りはじめる
  • もう一つの「自由」を思い出した
  • 才能や成功と同じ構造
  • 「分からなさ」を持ち帰る

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