枕元の「小さなアート」──私が手ぬぐいコレクターになった理由

出張続きの私を救ってくれたのは、一枚の手ぬぐいでした。小さな布に宿るアートと記憶の物語。
秋山ゆかり 2026.01.14
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はじまりは、BCGの出張地獄から

BCG時代、毎週のように海外出張が入っていた時期がありました。1週間のうち国内と海外が交差し、時差ボケすら置き去りにして働くような日々。ホテルの部屋もどこも似たようなつくりで、どこにいても「自分の居場所」がない感覚に包まれていたのです。

当時の私にとって、出張先のホテルは単なる「寝るための場所」でした。朝起きて、仕事をして、夜遅くに戻ってきて、また翌朝には別の場所へ。月曜日はロンドン、水曜日は香港、金曜日は大阪。スケジュール表を見なければ、自分が今どこにいるのかわからなくなることもありました。

そんな生活の中で、ふと気づいたのです。どこにいても、自分が「ここにいる」という実感が持てない。仕事のパフォーマンスは維持できていても、自分という存在がどこか空洞化していくような、不思議な感覚がありました。

そんなとき、伯母から風呂敷と手ぬぐいをプレゼントされました。「出張が多いなら、これ便利よ」と手渡された二枚の布。1枚は、今はムスメのお気に入りの「私の陣地」を表すカーペット代わりに使われているもの。もう1枚は、いまだ健在のタコの柄。たくさんの幸福があるようにという願いが込められている柄だと伯母に言われました。

最初は出張時の枕カバー代わりに使い始めました。お気に入りのタオルを持っていくにはかさばる。でも、手ぬぐいなら軽くて乾きも早い。そして何より、その布一枚が、無機質なホテルの空間の空気を変えてくれることに驚きました。

枕元に敷いた手ぬぐいの柄を見ながら眠りにつく。朝起きて、その柄に目をやる。たったそれだけのことが、「ここは私の場所」と思わせてくれたのです。どんなに遠く離れた国でも、この一枚があれば、少しだけ「私」を取り戻せる気がしました。

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