「楽しくない」の日を、どうひっくり返すか——田村セツコさんの言葉を春に読み返して

Amazon.co.jpより
戦略コンサル、グローバル企業での事業開発、エグゼクティブの実務に加え、アーティスト・研究者・母の視点から発信しています。無料記事はサポートメンバーの支えで成り立っています。共感いただけた方は、ぜひサポートメンバーをご検討ください。
親子でそろって「楽しくない」と言った日
春休みのある日、ムスメがぽつりと言いました。
「なんか、楽しくない」
その一言を聞いた瞬間、私は「そうかあ」と返しながら、内心ではちょっとドキッとしていました。なぜなら、まったく同じ日に、私自身も似たようなことを言っていたからです。
「食事が楽しくない……」
親子でそろって、なんだかぱっとしない。
家の中に、少しだけしょんぼりした空気が流れていました。そんな日って、ありますよね。
もちろん、ムスメの「楽しくない」と、私の「食事が楽しくない」は中身が違います。
ムスメのそれは春休みの退屈で、私のそれは、ダイエット中の食事管理に少し気持ちがくたびれていた、ということかもしれません。
でも、あの日の私たちには共通点もありました。
それは、楽しいことが向こうからやってくるのを、少し待ってしまっていたことです。
そんなときに、ふっと思い出したのが、田村セツコさんの本、『楽しくないのは自分のセイ』でした。
ムスメも私も田村セツコさんの大ファンです。実はセツコさんの弟さんとお仕事でご一緒しているご縁もあって、何度かお会いする機会がありました。あの、なんともいえないチャーミングさ。やわらかくて、かわいらしいのに、ふっとした瞬間に芯の強さが見えるのです。お会いするたびに、「ああ、この方は、ご自身の人生を楽しむ術を、自分の手で身につけてこられた方なんだな」と感じます。
だからこそ、あの日の私は思ったのです。
そうだ、こんな日にこそ、セツコさんの本を読み返そう、と。
そして改めて読んでみて、私ははっとしました。
「楽しくないのは自分のセイ」という言葉は、一見すると少し厳しく見えるかもしれません。でも私には、まったく逆に響きました。これは自分を責める言葉ではなく、「楽しくするために、自分でできることもある」という自由の言葉なのだ、と。
誰かが何かをしてくれないから楽しくない。
環境が悪いから楽しくない。
忙しいから、年齢のせいで、体調のせいで、今は仕方がない。
そういうことは、もちろんあるのです。現実はそんなに単純ではありません。
それでもなお、自分の手元で少しだけ人生を明るくする工夫は持てる。
そのことを、セツコさんはずっと体現してこられたのだと思います。
そして私はその本を読みながら、親子でそろって「楽しくない」と言ったあの日のことを、少し別の角度から見られるようになっていきました。
この記事は無料で続きを読めます
- 木蓮の香りが教えてくれた、小さなごきげんの作り方
- 楽しくないと言いながら、私はちゃんと挑戦していた
- 虹のハードルを、飛んでいけたら
すでに登録された方はこちら