再建のルール1-1 再建は、敗北ではない

「上がるためのルール」を書いていた頃から、12年がたちました
2014年に、日経ビジネスオンラインで女性のキャリアについて連載(注)を書き始めてから、12年の月日が流れました。
注:現在はサイトリニューアルにあたり当時の連載の一部しか読むことができません。
あの頃の私は、日本の大企業の中で、どうすれば女性がもっと力を発揮できるのか、どうすれば評価され、昇進し、影響力を持てるのかを、かなり切実に考えていました。
GEやIBMなどのグローバル企業の中で事業開発やリーダー育成の現場に身を置き、「力をつけること」「信頼を得ること」「より大きな責任を担える人になること」が、個人にも組織にもどれほど重要かを、実務の中で叩き込まれてきたからです。
実際、それは当時の日本社会にとって、とても重要なテーマでしたし、今でもその重要性は変わっていません。
その後、私は日経ビジネスオンラインでの連載に大幅加筆・修正を加えて、『自由に働くための仕事のルール』『自由に働くための出世のルール』という2冊の本を書きました。

どちらも、その時点での私が「これは必要だ」と本気で思ったことを書いた本です。
自由に働くためには、仕事の基本的な力が必要です。
人と信頼関係を築く力も、自分をマネージする力も、課題を解く力も必要です。
組織の中で力を持ち、より大きな責任を担うには、成長戦略も、見せ方も、外交力も必要です。
その考えは、今でも変わっていません。
あの2冊で書いたことの中には、2026年の今でも十分使えることが、たくさんあります。
でも、この12年のあいだに、働く環境も、家族の形も、私たちを取り巻く現実も、ずいぶん変わってきました。
少子化はますます深刻になりました。子どものいる世帯でも、母親が働くことはより一般的になり、共働き家庭は当たり前になりつつあります。父親の育児参加や育休取得も広がり、子育てと仕事の両立は、いまや多くの家庭にとって日常の課題になりました。
その一方で、介護もより切実な問題になっています。親のケア、子どものケア、自分自身の健康、そして仕事の責任。そうしたものが同時に重なる人も少なくありません。
以前よりも多くの人が、「働き方を変えざるをえない局面」に直面する時代になったのだと思います。
出世するか、しないか。
前に出るか、出ないか。
わかりやすく上がっていくか、そうでないか。
そういう物差しだけでは、生きられない現実が広がっている。
私は今、そのことをとても強く感じています。
私自身、「前と同じように働く」ことができない時期を生きてきました
私自身も、この12年のあいだに、人生が大きく変わりました。
2015年に出産し、母になりました。
そして子どもに慢性疾患があったことで、4年半にわたって入院と手術を繰り返す闘病生活を経験しました。
病院での付き添い、医療判断、育児、仕事。
そうしたものを抱えながら、以前と同じように働き続けることは、当然できませんでした。
「頑張れば前と同じようにできる」という話ではなかったのです。
時間の使い方も、集中力のあり方も、仕事の持ち方も、人への頼り方も、全部を見直さざるをえなかった。
前の自分に戻ることではなく、今の現実に合わせて組み直すことが必要でした。
振り返ってみると、この1年2か月、私がTheLetterで書いてきたことも、ずっとそこに向かっていました。
体調が崩れたとき。
家庭のなかで大きく揺れたとき。
子どもの安全や尊厳を守るために、立ち止まらざるをえなかったとき。
人間関係を見直したとき。
思うように働けない時期に、何を削り、何を守るかを考えたとき。
一見すると、テーマはばらばらです。
でも今になって思うのです。
私はずっと、崩れたときに、どう立て直すかを書いていたのではないか、と。
そして今、あらためてはっきり思います。
「上がるためのルール」だけでは、働き続けることはできない。
もちろん、成長することは大事です。
力をつけることも、評価されることも、昇進することも、大切です。
でも、人生はきれいに右肩上がりではありません。
体調が落ちる時期もある。
家庭のことで大きく予定が変わる時期もある。
介護や育児や看病や、感情の揺れや、予期しない出来事で、仕事の持ち方そのものを変えざるをえない時期がある。
そういう時期は、どうしても「失速した時間」に見えます。
周囲が順調そうに見えると、なおさらです。
以前の自分ならできたのに。
なんで今はできないんだろう。
もっと強い人なら、こんなふうにはならないのではないか。
そうやって、自分を責めてしまう。
でも私は今、それは違うと言いたいのです。
再建の時間は、敗北ではない。
それは、ただ壊れたものを元に戻す時間ではありません。
遅れを取り戻すためだけの時間でもありません。
そうではなくて、
今の現実に合わせて、自分の働き方、生き方、関係の持ち方を組み直す時間なのだと思います。
低空飛行の時間は、「失ったものを数える時間」だけではない
前と同じようには働けない。
ならば、「前の自分」に戻ることだけを目標にしない。
その代わりに、今のエネルギーで何を守るかを考える。
全部は維持できない。
ならば、「何を諦めるか」だけではなく、「何だけは諦めないか」を決める。
人に頼るのが苦手。
でも一人で抱えたままだと、もっと壊れる。
ならば、「完璧に頼れる人になる」ことではなく、「ひとつだけ頼る」を試してみる。
こう書くと、再建というのは、守ることや削ることばかりの話に聞こえるかもしれません。
でも、私がこの数年で実感したのは、それだけではないということでした。
低空飛行の時期は、ただ耐えるだけの時間ではない。
見た目には前に進めていないように見える時期でも、そのあいだにできる成長があります。
私自身、思うように働けない時期に、大学に学士入学して心理学の学位を取りました。
仕事の推進力が以前と同じではない時期だったからこそ、別の形で学び、自分の土台を広げることができたとも言えます。
でも、やっていたのはそれだけではありませんでした。
私はその時期、これから先のキャリアの選択肢を、かなり戦略的に見直していました。
たとえば、社外取締役になるというオプションを持つことを決め、そのためにガバナンスの勉強を始めました。
最初は、団体が提供している新任社外取締役向けのコースを受講したところからのスタートでした。でも、そこで終わりにはしませんでした。
自分に足りないものは何か。
どんな経験や知識が必要なのか。
どんな人になりたいのか。
それをかなり細かく言語化し、Excelにスキルマトリックスを作って、自分の現在地を評価し、どのようにステップアップしていくかを設計しました。
AIの勉強も同じです。
これから先、どうすればより効率よく働けるのか。
その効率は、何によって生み出されるのか。
新しい技術を、単なる流行として眺めるのではなく、自分の働き方を更新するための選択肢として、試し、学び、組み込んでいく。
そういうこともまた、私にとっては再建の一部でした。
試行錯誤は、必ずしも職場だけで起きるものではありません。
家でできることもある。
静かな時期にしかできない準備もある。
表から見ると「以前のようには飛べていない」ように見える時間の中で、次の時代を生きるための新しい土台を作っていたのだと思います。
だから私は、再建とは単に元に戻ることではなく、
未来のオプションを増やし、自分の生き方を組み直していくこと
でもあるのだと考えています。
低空飛行の時間は、失ったものを数える時間であると同時に、
次の未来につながる種をまく時間
にもなりうるのだと思います。
私は、そういうことをこの数年ずっとやってきました。
場当たり的に、でも必死に。
守ること、削ること、頼ること、そして、次につながるものを育てること。
そのたびに思ったのです。
立て直す力は、前進する力とは少し違う。
でも、長く働き続けるためには、むしろこちらの方が重要な場面がある。
しかもそれは、単なる回復ではなく、別の成長の入り口にもなりうるのだと。
世の中では、どうしても「上がる話」の方が目立ちます。
昇進した。
転職で成功した。
年収が上がった。
大きな成果を出した。
それはもちろん素晴らしいことです。
でも、長く働いていれば、誰にでも低空飛行の時期があります。
表に出ていないだけで、実はみんな何かを抱えながら飛んでいる。
高度は落ちているかもしれない。
予定どおりには進まないかもしれない。
でも、それでも墜落せずに飛び続けるには、別の技術がいるんです。
私はその技術に、今は再建のルールという名前をつけたいと思っています。
再建とは、複雑な人生を生きながら働き続けるための技術
食事、睡眠、体調、感情、時間、思考の整理。
上司、同僚、家族、支援者との関係の組み直し。
仕事の優先順位の見直し。
中断されても戻れる仕事の設計。
評価や肩書きに振り回されないキャリアの立て直し。
これからこの連載で、そうしたことを少しずつ書いていこうと思います。
完璧にできた話ではありません。
むしろ今も、試行錯誤の途中です。
でも、だからこそ書けることもあると思っています。
低空飛行の時期には、低空飛行のルールがある。
立ち止まる時期には、立ち止まる時期の知性がある。
そして再建とは、何かを失った人だけの話ではなく、
複雑な人生を生きながら、それでも働き続けたい人のための技術。
仕事も、家庭も、自分自身も、全部は手放したくない。
でも、全部を今まで通りには抱えられない。
そんな時期にいる人にとって、この連載が少し呼吸のしやすくなる場所になればうれしいです。
思うように進めない時期があると、自分だけが取り残されているような気持ちになることがあります。
でも本当は、そういう時間の中でしか育たない力もある。
私はこの数年で、そのことを何度も教えられてきました。
だからこの連載では、前に進むための話だけではなく、立て直すための話も、ちゃんと書いていきたいと思っています。
まずはここから始めます。
再建は、敗北ではない。
私は、そう信じています。
「今の自分に必要なのは、前に進むことより、まず立て直すことかもしれない」と感じていることがあれば、ぜひコメントで教えてください。今後の連載の中で、できるだけ取り上げていきたいと思います。
この連載は、基本的には水曜(あるいは金曜)の有料配信で少しずつ書いていく予定です。 ただ、第1回は「なぜ今この連載を書くのか」を読者のみなさん全体にお伝えしたかったので、今回はどなたでも読める形にしてみました。
お知らせ: The Letterで書いているテーマの背景や、書ききれなかったことは、Podcastでもお話ししています。移動中や家事の合間に、気軽に聴いていただけたらうれしいです。
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