親は先生にならなくていい——子どもの学びを“つなげる”家庭の教え方
ムスメに勉強を教えることは少ない私が、単位の計算を料理にたとえて気づいた、家庭でできる小さな学びの整え方。
秋山ゆかり
2026.09.21
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Amazon.co.jpより
ムスメは、基本的に私に勉強を聞いてこない
ムスメは、基本的に私に勉強を聞いてきません。
わからないことがあれば、塾の先生に聞く。どうしても困ったら、父親に聞く。私のことはどうやら、「自分は基本的に自力でできている。でも、本当に困って、ほかに聞く人がいなかったら聞いてもいい相手」くらいに位置づけているようです。
それはそれで、私は悪くないと思っています。
というのも、ムスメの塾やお稽古にかかる費用は、すべて私が払っています。だからこそ、彼女の中にはたぶん、「そこでちゃんと学んでくる」「そこできちんと完結させる」という感覚があるのだと思います。
お金を払ってもらっている。
だから、自分はその場で学び、質問し、できるようになってくる。
そういう責任感のようなものが、彼女なりにあるのかもしれません。
親としては、少し寂しくないと言えば嘘になります。「私にも聞いてくれていいのに」と思うこともあります。でも同時に、これはとても健全なことなのではないかとも感じています。
親が何でも教える必要はない。
むしろ、親が前に出すぎないことで、子どもは自分の学びの所有権を持てるのかもしれない。
そんなふうに考えるようになりました。
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- 単位の計算で、めずらしく聞かれた日
- 親が教えると、近すぎる
- 『Small Teaching』がくれた言葉
- 学ぶ面白さは、伝染する
- 答えを渡さず、橋の入り口を照らす
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