「あなたのため」に作るごはんは、なぜ人を支えるのか——藤井恵さんの本に救われたわが家の食卓

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この2カ月ほど、わが家の食卓は、静かに大きな転換期を迎えていました。
以前、私は「夫が1時間かけて作る肉野菜炒めに救われている」という話を書きました。
その頃の私は、仕事とムスメのケアと家のことが重なり、帰宅するとキッチンで倒れるように横になって、そこからなんとか夕飯を作るような日々を送っていました。
そんな私を見かねて、夫がキッチンに立つようになったのです。
最初は、本当に不器用でした。
キャベツを切るのもゆっくり。肉を炒めるのもおそるおそる。味つけは薄かったり濃かったり、火加減も毎回違う。
でも、私はその肉野菜炒めに救われていました。
なぜなら、そこには「あなたを大切に思っている」というメッセージがあったからです。
完璧な料理ではなかった。でも、夫が私とムスメのために動いてくれている。その事実が、当時の私には本当にありがたかったのです。
ところが、家族というものは、一度うまく回り始めたように見えても、また状況が変わります。
以前の記事のあと、私がまた少しずつメインで料理をするようになりました。体調も少し戻り、仕事の段取りも見直し、週末の作り置きも再開して、「やっぱり食事は私が中心で回したほうが早いな」と思っていたのです。
けれど、今年度に入って、また体調を崩しました。
仕事から戻って、すぐにキッチンに立てない。
「ちょっとだけ寝てから……」と思って横になる。
気づけば時間が過ぎていて、夕飯の時間が迫っている。
頭ではわかっているのに、体が動かない。
そんな日が続きました。
そしてまた、夫がごはんを作ってくれるようになったのです。
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- 毎日蒸されるキャベツと肉
- 「あなたのため」に作られたごはん
- 料理ができないのではなく、入り口が見えない
- そっと差し入れた一冊
- 家庭料理は、愛情ではなく仕組みにも支えられている
- 夫への感謝を、ちゃんと言葉にする
- ごはんは、家族の状態を映す
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