380ページを一気読みした理由——ダライ・ラマ自伝『声なきものの声』が問いかけること

戦略コンサル、グローバル企業での事業開発、エグゼクティブの実務に加え、アーティスト・研究者・母の視点から発信しています。無料記事はサポートメンバーの支えで成り立っています。共感いただけた方は、ぜひサポートメンバーをご検討ください。
380ページなのに、一気に読んでしまった
最初は、重い本だと思って手に取りました。政治の本、歴史の本、宗教指導者の自伝。そう構えていたのですが、読み始めると止まりませんでした。
読み進めるうちに気づいたのは、これは政治の本というより、同じ時代に生きている一人の人の声として入ってくる本だ、ということです。難しい理論や複雑な政治情勢の説明から始まるのではなく、一人の少年が、自分の意思とは関係なく大きな役割を背負わされていく過程が、驚くほど率直な言葉で綴られています。だからこそ、こちらも身構えずに、次のページ、次のページへと引き込まれていくのだと思います。
私は以前から、ダライ・ラマの言葉をSNSでも追っています。日々流れてくる短い言葉に、ふと立ち止まらされることがあります。
怒りではなく、慈悲。断罪ではなく、対話。絶望ではなく、人間への信頼。
その言葉を断片的に受け取ってきた身として、自伝という形でまとまって彼の声に触れられることは、とても大きな機会でした。断片的な言葉として受け取っていたときは、どこか格言集のように、心地よいメッセージとして消費してしまっていた部分もあったかもしれません。でも自伝として通して読むと、その一つひとつの言葉の背後に、具体的な出来事と、具体的な喪失があったことがわかります。
この記事は無料で続きを読めます
- 「いい本です」と簡単に言い切れない複雑さ
- 日本にいる私たちが、この本を読む意味
- 25歳で難民になるということ
- 穏やかな言葉は、弱さではない
- 夏休みに読みたい理由
すでに登録された方はこちら