ジップロック母、手芸文化に敗北する——『手芸とエンパワメント』を読んで

手芸嫌いの私が、ムスメの涙に負けて袋を縫うことに。手作りは愛情なのか、それとも文化の呪縛なのかを考えました。
秋山ゆかり 2026.08.03
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ムスメが1歳のころ、保育園で「お着換え袋事件」が起きました。

私は、自分ではかなり合理的な母だと思っています(笑)。

家庭科の授業は友達にアウトソースして乗り切ったくらい、手芸も裁縫も、なんなら料理も得意ではありません。そんな私にとって、保育園の持ち物管理で大事なのは、清潔で、わかりやすく、取り違えが起きないことでした。

保育園からお着換え袋について細かい指定がなかったことをいいことに、私はジップロックにムスメの名前を書き、そこに着替えを入れていました。

しかも、毎週金曜日にはちゃんと消毒していたのです。

なんてえらい私!

そう本気で思っていました。

ところが、ムスメはそうは思っていなかったようです。

保育園に入って2か月ほどたったある日、お迎えに行くと、ムスメがなかなか帰ろうとしません。そして、お着換え袋入れのダンボールを指さして、

「これ、これ」

と言うのです。

なんだろうと思って見ると、そこには薄い緑色に総刺繍された、いかにも手作りの美しいお着換え袋がありました。

ムスメはそれを指さし、それから自分のジップロックを手に取って、

「これ、ちがーう、ちがーう」

と、6回も言うのです。

「何? お手製のお着換え袋がほしいの? 無理だよ、ママは手芸苦手だもん」

そう言った瞬間、ムスメは号泣しました。

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続きは、6152文字あります。
  • 「あんた、ヒラリーそっくり」
  • 防災頭巾は、親の分身だった
  • 手芸嫌いの私が、この本を手に取った理由
  • 好きなのに言えない人、嫌いなのに逃げられない人
  • 「なぜ私がこれを作らなければならないのか」
  • 手芸は、母を縛るものにも、つなぐものにもなる
  • ムスメが求めていたのは「手で作られた安心」だった
  • 愛情のかたちは、もっと多様でいい
  • 文化は、私たちの手元に残る

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