有終の美で終われなかったとき、私たちはどうすればいいのか

頑張ったのに、満足できる結果が出せなかった。そんな経験、ありませんか?発表会で思いがけない悔しさに直面した私を救ったのは、ムスメのひと言でした。
秋山ゆかり 2025.12.10
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40年ぶりのピアノ、根性で走り抜けた3年半

きっかけは、ムスメのピアノ教室で先生に言われた一言でした。
「お母さん、待ってる時間がもったいないので、お母さんもピアノをやりませんか?」  

 こうして40年ぶりにピアノを再開。当初の目標は、歌の伴奏を自分で弾けるようになることでした。最初の1年は楽しくて、ヘンデルのアリアを弾き語りできるようになったときの喜びは今でも覚えています。  

でも、2年目からは本格的なピアノ教本が導入され、バッハのインベンションやそのアナリーゼ(曲の構造や和音進行を分析する作業)まで求められるようになり、複数曲の並行練習へと一気に難度が上がっていきました。  

家でちゃんと練習しているつもりだったけれど、「練習量は伝わるけど、結果が伴ってない。もっと効率的に」と先生から何度も指摘され、私は仕事の合間や早朝・深夜を使って毎日練習。24時間使えるグランドピアノがあるスタジオを借りるまでに。趣味のはずが、いつしか気合と根性の日々に変わっていました。  

「私、ピアニストになるわけでもないのに、ここまでやる必要ある?」という違和感はありました。夫にも「その練習量、その選曲、どこに向かってるの?」と笑われたことも。

それでも、「ちゃんと練習しないと先生に失礼だから」「発表会があるから」「最後の発表会だから」と自分に言い聞かせて、走り続けた3年半でした。

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