効率化に疲れたあなたへ──『香君』がくれた、つながりと希望の物語
戦略コンサル、グローバル企業での事業開発、エグゼクティブの実務に加え、アーティスト・研究者・母の視点から発信しています。無料記事はサポートメンバーの支えで成り立っています。共感いただけた方は、ぜひご参加ください。
ビジネス書を離れて物語に向かった理由
最近、上橋菜穂子さんの小説『香君』に心を奪われ、隙間時間すべてをこの物語に注ぎ込みました。私は普段、ビジネス書やアカデミックな論考に偏りがちなのですが、この物語は全く異なるアプローチで、まさに今、私たちが直面している現実を照らしてくれました。
『香君』は、香りを通じて自然と対話する少女・アイシャの物語です。彼女の感性の鋭さ、孤独、そして世界を守ろうとする意思。そのどれもが、現代のビジネスパーソンである私の心を強く揺さぶりました。
なぜファンタジー小説が、戦略コンサルタントとして培った視点と重なったのか。
なぜこの物語が、仕事と家庭を両立する毎日の中で、忘れかけていた大切なことを思い出させてくれたのか。
そんな体験を、あなたと共有したいと思います。
現実よりリアルなファンタジー──『香君』が照らす私たちの危機
『香君』の世界で描かれる「単一作物への依存」がもたらす危機は、ファンタジーでありながらまさに現代社会そのものです。効率化と利益最優先の論理が、いつしか多様性を破壊し、生態系を脆弱にしていく——そんな姿が、物語の中で静かに、けれど確かに描かれています。
私はかつて、GEでマーケットインテリジェンス(市場分析)を世界のメンバーに共有するためのGold Bookを作成していました。その経験を通じて、効率と利益を追求しすぎる問題をデータから読み解き、短期的な視野で物事を判断してしまうと、長期的な成長や持続性を損なうということを実感してきました。まさに、物語の中で農耕社会が直面する危機と同じ構造です。
現代の企業経営でも同様のことが起きています。四半期の業績を追い求めるあまり、長期的な人材育成や技術開発への投資を削減する。効率化の名のもとに人員を削減し、組織の多様性を失う。一見合理的に見える判断が、実は組織の免疫力を低下させているのです。
『香君』の世界では、単一作物に依存した結果、病気に対する抵抗力を失い、飢饉が起こります。この構造は、私たちのビジネス環境にそのまま当てはまります。「効率性」という名の単一価値観に依存し、多様な視点や柔軟性を失った組織は、予期せぬ危機に対して極めて脆弱になるのです。
“孤”を知るからこそ、“共”が沁みる──母として読んだ『香君』
『香君』第1巻234ページ、オリエのセリフが私の胸に深く刻まれました。
「多くの他者が互いに手を差し伸べあっていることの意味を。弱い者を見放さず、手を差し伸べることが、何を守るのかを。」
「お日さまの光を独り占めして立つ木は、幸福そうに見えても、周りとつながりを絶たれて、吹きさらしの中で、ひとりで生きていかねばならない。本当は寂しいのかもしれないわね」
この言葉を読んだとき、私は母としての自分、そして孤育ての時間を思い出しました。周囲に頼ることができず、子どもと向き合う孤独の中で、自分だけで抱え込もうとした日々。でも、ほんの少しでも「手を差し伸べてくれる人」がいたとき、どれだけ救われたか。その経験が、いまの私の根底にあります。
ワンオペ育児を経験した多くの女性なら分かると思いますが、「一人で頑張らなければ」という思い込みがどれほど自分を追い込むか。効率化を極めることで時間を捻出し、完璧な母親・完璧な仕事人であろうとする日々。しかし本当に必要だったのは、完璧さではなく、誰かとのつながりだったのです。
社会で生きていくというのは、決して一人で立ち続けることではなく、誰かとつながりながら、互いに守り合うこと。そのことを、オリエの静かな声が改めて教えてくれました。
保育園から幼稚園にうつり、PTAのお手伝いや卒園向けの準備などで多くのお母さんたちとのつながり、小学校にあがってからは、PTAの執行部に3年いましたが、そこでの保護者たちとのつながりで、本当にたくさんサポートしてもらいました。
つい先日も、1年生の時にPTA執行部で一緒だったママ友が、夏の臨海学校に向けて、うちのムスメが一人でお泊りしたことがないというのを聞いて、「うちでお泊り会ひらくよ!」と会を主催してくれました。近所の銭湯にまで連れて行ってくれて、子どもたちが1人でもちゃんとお風呂に入れるかどうかの予行演習までしてくれました。最初は、1人ではお泊り無理かもと言っていたムスメも、お友達たちとの時間にものすごく楽しい時間と、1人でもお泊りできるという自信と共に帰ってきました。こうして手を差し伸べてくれるママ友ができて本当によかったと心から思うのでした。
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- 効率化の罠から学ぶ、本当に大切なもの
- 知的ジャグリングという生き方——多様性を抱える強さ
- 壁打ちの力——一人で悩まない生き方
- 今、あなたは何を手渡しますか?──子育てと読書で考えた未来設計
- 香りが教える、見えないものの大切さ
- 『香君』が指し示す新しい生き方
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